長崎地方裁判所 昭和54年(ワ)569号 判決 1985年9月24日
原告
中村豊
原告
片山明吉
原告
植田亘一
右三名訴訟代理人弁護士
横山茂樹
同
熊谷悟郎
同
塩塚節夫
同
中原重紀
同
石井精二
同
岡村親宜
同
山田裕祥
同
福崎博孝
被告
三菱重工業株式会社
右代表者代表取締役
金森政雄
右訴訟代理人弁護士
古賀野茂見
同
木村憲正
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
一 当事者の求める裁判とその主張は別紙のとおりである。
二 証拠関係は、本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 本件政治ストについて
1 昭和五三年一〇月一六日原子力船むつが佐世保港に入港したこと、長船分会がむつ入港及びそれをめぐる政府・長崎県・佐世保市の方針決定並びに施策等に抗議する目的をもって同日午後四時三〇分からストライキの名の下にその所属組合員たる被告会社の社員を職場離脱させたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
2 右争いのない事実に(証拠略)によれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 原告らが所属する長船分会は、被告会社長崎造船所に対し、昭和五三年一〇月一六日午後四時二〇分ころ、闘争委員長原告中村豊名義をもって所属組合員に「反むつ闘争分闘指令第一号」として、「(1)組合員は一〇月一六日一六時三〇分以降所定退場時まで一切の作業を拒否せよ、(2)現在出張者、病院勤務者は本指令より除外する、(3)その他本指令より除外の権限を地区闘争委員長に分譲する、(4)組合員は退場に当っては所属地区闘争委員長の指示に従い行動せよ」との指令を発した旨通告した。
(二) 右通告を受けた被告会社長崎造船所は、長船分会に対し、その中止を申し入れたが、長船分会はこの申入れを無視し、同日午後四時三〇分から、長船分会所属組合員のうち二三三名については午後五時までの三〇分間、同じく八名については午後五時一〇分までの四〇分間、同じく二名については午後五時三〇分までの六〇分間職場を離脱させる、いわゆる「政治スト」(以下「本件政治スト」という。)を行った。
(三) 本件政治ストは、長船分会において組織的に企画・実行したもので、原告中村はその闘争委員長として、同片山及び同植田はその副闘争委員長として、長船分会に所属する被告会社の社員合計二四一名の者に対する本件政治ストを指揮あるいはこれを補佐し、合わせて同中村及び同片山は自らも職場離脱したものである。
三 本件懲戒処分について
1 被告会社の懲戒委員会が二回開かれたこと、被告会社が昭和五四年八月二七日原告らに対し次の内容の懲戒処分を行ったこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
(一) 懲戒理由
長船分会は、本件政治ストについて正当であり、陳謝等の考えは全くないことを表明した。
しかしながら、今回の如く企業にとって対処不能な事項について、かつ、企業に対して何等の要求もない事項についてストライキを実施されることは、被告会社にとって生産遂行上、職場秩序維持上看過できないものである。従って被告会社として違法、不当な行為を強行した全員について考慮した結果、今回は違法不当なストライキを実行・指揮した者及びそれらを補佐した左記三名について懲戒処分を実施する。
(二) 就業規則の適用条項
(1) 原告中村豊 七二条(5)号(15)号
(2) 同片山明吉 右に同じ
(3) 同植田亘一 七二条(15)号
(三) 処分内容
二四三名もの多数の社員の職場離脱を実行させたことは生産遂行上の損失・職場秩序への悪影響などその責任は重大である。よって、
(1) 原告中村豊を出勤停止五日に、
(2) 同片山明吉を同三日に、
(3) 同植田亘一を同三日に、
各処する。
2 前記認定事実及び(証拠略)を総合すれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 被告会社の社員に就業規則の懲戒条項に該当する行為があったときは、被告会社長崎造船所長の諮問に基づき、当該組合との協定に従って懲戒委員会を開催し、その結果を同所長に答申し、同所長は、右答申に基づいて当該社員に対する処分を決定し、これを同人に通知する手続になっている。
(二) 被告会社と長船分会との間では、同分会の組合員の懲戒について、昭和四九年七月二四日付協定書(乙第四号証)が締結されていて、本件政治ストの件に関しても、右協定に基づいて、懲戒委員会が、同五四年一月一九日に約一時間三〇分、同月三〇日に約五四分間開催された。
(三) 右各懲戒委員会において、本件政治ストに関する事実関係、処分の理由、処分内容について質疑が交され、被告会社側は、処分の理由につき被告会社に何の要求もなく、また、あったとしても対処不能な事項についてのストは、労組法で保障されたストの範囲を逸脱していること、本件政治ストの場合、被告会社は実際に損害を被り職場の秩序を乱されたから、本来ならばストに参加した全員を処分の対象とすべきであるが、今回は、ストを企画、指揮、指導した原告ら三名を処分の対象にしたこと、そして、原告中村を出勤停止五日に、その余の原告らを出勤停止三日にした点について、その処分内容については広島精機製作所の前例を参考とし、処分内容の差については本件政治ストの最高責任者である闘争委員長と副闘争委員長の立場の違いを考慮した旨の説明をした。
(四) 他方、長船分会側は、本件政治ストを正当な行為であると主張して論議したが、双方の意見は平行線をたどり、結局双方の意見を併記する形で被告会社長崎造船所長に答申した。
(五) そして、被告会社は、原告ら三名の前記各行為に対し、原告中村及び同片山については、被告会社長崎造船所の就業規則七二条一項五号「正当な理由なしに業務命令若しくは上長の指示に反抗し、又は職場の秩序をみだしたとき」及び同条同項一五号「その他前各号に準ずる程度の特に不都合な行為があったとき」に、また、原告植田については、同条同項一五号に該当するとして、前記のとおりの本件懲戒処分をすることを決定し、昭和五四年八月二七日原告らにその旨通知した。なお、その結果、被告会社は、組合専従中である原告植田を除く、原告中村及び同片山に対し、被告会社賃金規則二四条の規定に基づいて所定の賃金控除を実施した。
四 本件懲戒処分の効力
1 原告らは、本件懲戒処分が憲法二八条に保障された正当な争議権の行使に対してなされたものであるから、同条、労働組合法七条三号、民法九〇条に違反し無効である旨主張する。
しかしながら、本件政治ストのごとく争議行為の名宛人を使用者とはせず、国家機関ないしは国家権力を直接の名宛人として、立法、行政等の動向になんらかの影響を与え、あるいは抗議の意思を表明することを目的とするストライキは、一般的な意味において、使用者として法律的ないし事実的に処理し得ないような事項であるから、使用者との団体交渉という目的との関係においてなされる争議権の行使とはいえず、憲法二八条の保障の範囲外であって、正当な争議行為とはいえない。よって、原告らの右主張は採用しない。
2 次に、原告らは、本件懲戒処分は以下に述べる理由により処分権の濫用であって無効である旨主張するので検討する。
(一) 原告らは、長船分会が本件政治ストについて被告会社内で公然と宣伝し、被告会社勤労関係者において事前に予知できたから、その職場秩序の混乱はなかった旨主張するが、前記二2で認定のとおり、長船分会から被告会社に本件政治ストをする旨通告したのは、スト当日の開始約一〇分前である昭和五三年一〇月一六日午後四時二〇分ころであって、これ以前に被告会社に対する正式なスト通告がされたことを認めるに足る証拠がない以上、その職場秩序が乱されていることは明らかであって、右主張は採用しない。
(二) 原告らは、本件政治ストに参加したのは被告会社長崎週船所の約一万二〇〇〇名の社員のうち長船分会の二四三名(全体の約二パーセント)であり、ストライキの時間も三〇分間であるから、被告会社にとって作業遂行上の損失はなきに等しい状態であった旨主張するが、本件懲戒処分の有効性を考慮するに当っては、そもそも二四三名もの被告会社社員が被告会社の指揮下に入らなかった事実そのものが重大であって、作業遂行上の損失の有無以前の問題であるというべきであるから、原告らの主張は、それ自体失当である。
のみならず、(証拠略)を総合すれば、本件政治ストにより参加者一人当たり三〇分ずつ工程が遅れ、配員調整がつかずに様々な部署で混乱がおき、そのため切断等の各作業が遅れ、それに伴って玉突き的に次の作業が遅れたり、小物整理がつかなかった等の作業遂行上の損失があったことが認められ、右認定に反する原告中村豊本人尋問の結果部分は信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) 原告らは、その受ける経済的損失、更に懲戒処分を受けたことを理由とする成績考課の減点が大きい旨主張するが、これは懲戒処分に伴う通常の損失若しくは不利益であって、このこと自体から直ちに本件懲戒処分の不当性をいうことはできないというべきである。そして、前記認定の本件政治ストの態様、職場秩序への影響等の事情に鑑みると、被告会社のした原告中村豊に対する出勤停止五日、その余の原告らに対する出勤停止三日の各懲戒処分は、その裁量の範囲を逸脱した不当に重い処分であるとはいえない。
(四) 原告らは、その所属する長船分会又は三菱長崎造船労組が過去において就業時間中に政治ストを計画・実施したことに対しては何らの懲戒処分の発動もされなかったのに、過去の政治ストより規模・態様の小さい本件政治ストについて被告会社が懲戒処分をしたのは懲戒権の濫用である旨主張するが、被告会社がその有する懲戒権を行使するか否かは本来その裁量に委ねられている(私的自治の原則)というべきであって、原告らの主張する過去の政治ストにおいて、今後、一般的に政治ストに対する懲戒権を放棄する旨の明示又は黙示の意思が表示されたことを認めるに足りる証拠がない以上、(もっともこの放棄自体も公序良俗に反すると解する余地がないではない。)、本件懲戒処分は有効である。
のみならず、(証拠略)を総合すれば、被告会社は昭和三四、五年ころ行われていた全日本造船労働組合三菱造船支部及び同支部傘下の長船分会による「安保改定阻止」のストライキに関し、今後このようなことが再び繰り返されることのないように厳重に抗議し、あるいは自省と善処を求め、右ストライキによる損害賠償請求権その他一切の権利を留保する旨通告していたこと、過去に被告会社に対してなされた諸々のストライキは、政治的目的があったものについても経済的要求と抱き合わせて行われたものであって、その目的、要求に主従の区別をつけることができず、かつ、ストライキとしては一個の争議行為であったから、被告会社は、これを全体として正当なものとして対処していたこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。以上によれば、被告会社は、過去において政治ストを容認していたことはなかったというべきであり、原告らの主張はその前提を欠いている。
(五) 原告らは、被告会社が原告中村豊に対してなした出勤停止五日、その余の原告両名に対してなした各出勤停止三日の懲戒処分は、被告会社が過去において行った出勤停止の懲戒処分事例に比較して不当に過重な処分であるから、懲戒権の濫用であると主張するけれども、原告らの主張する懲戒事例は、いずれも個々人の刑罰抵触行為等であるのに対し、本件懲戒処分は、原告らが二百四十名余にものぼる多数の者を一斉に職場離脱せしめたという事案についてなされたものであって、その事案は全く異質であるから、この両者を処分内容の軽重について同一次元で比較対照することは意味がなく、原告らの主張はそれ自体失当というべきである。
五 原告らのその余の主張に対する判断
原告らは、前記主張以外にも本件政治ストの正当性ないしは本件懲戒処分の違法性について縷々主張しているが、その実質は、前記主張の繰返しないし独自の見解にすぎないものであっていずれも採るに足らないというべきである。以下、その主な点につき、若干の理由を附することとする。
1 原告らは、労働者の生存確保のため、団結活動が団体交渉の形成に向うことを是認しながら、少なくとも労働条件立法の形成に向うのを否定する理由はない旨主張する。
しかしながら、憲法は、同法二五条において生存権を保障しながらも、同法二二条、二九条により私有財産制度を採用していることは明らかであり、同法二八条が保障する労働基本権もその枠内で保障されるにすぎず(すなわち、個々の勤労者は、事実上使用者と対等の地位に立っていないから、団結により労使の地位を対等にさせ、団体交渉権によって勤労者の団体が使用者と労働条件について交渉させて労働協約を締結し、その団体交渉で勤労者に有利な条件を実現するために団体行動権が存在するのである。)、勤労者の生活向上のための行動は別途憲法二一条(表現の自由)さらには同法一五条(参政権)により保障されているのであって、使用者にとって対処不可能な事項についての団体行動に対してまで使用者が受忍義務を負うべき筋合いのものではない。
2 原告らは、就業規則は業務の正常運営下における個別的労働関係の規制をその目的ないし範囲としていて、集団的労働関係はその規制の対象から除かれているから、本件政治ストはその適用がない旨主張する。
しかしながら、前記認定のとおり、被告会社は、違法な本件政治ストを指揮ないし補佐し、あるいは自らも職場離脱した原告らの個人責任を本件懲戒処分の対象としているのであって、正に個別的労働関係の規制を目的としてなされた処分であるから、原告らの主張は採用できない。争議行為においては個人責任が消滅し、集団的関係においてのみ捉えるべきであるとする原告らの主張こそが詭弁である。
3 原告らは、本件懲戒処分は労働組合法七条一号三号に該る不当労働行為であって、民法九〇条により違法無効であると主張するが、右主張に沿う原告中村豊本人尋問の結果部分はにわかに信用できず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。
すなわち、原告らは、本件懲戒処分の根拠が組合役職者としての地位それ自体にあると主張するが、本件全証拠によるも右主張を認めるに足りないし、却って前記認定によれば、被告会社は原告中村豊が本件政治ストの闘争委員長として、その余の原告両名が同じく副闘争委員長として違法な争議行為を指揮ないし補佐し、合わせて同中村及び同片山は自らも職場離脱したことに対して本件懲戒処分をしたのであって、偶々、長船分会の幹部が本件政治ストの闘争指揮ないし補佐をしていたというにすぎない。よって、組合役職者としての地位を根拠に本件懲戒処分がされたことを前提とする原告らの主張はその前提を欠き、採用できない。
六 以上のとおり、被告会社のした本件懲戒処分について違法不当をいう原告らの主張はいずれも採用することができないし、他に右処分が無効である論拠を見い出すことができない。
したがって、本件懲戒処分が無効であることを前提として、本件懲戒処分に基づき控除された出勤停止期間中の賃金の支払を求める原告中村及び同片山の請求は、いずれもその前提を欠き、失当たるを免れない。
七 よって、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 土肥章大 裁判官 小宮山茂樹 裁判長裁判官渕上勤は転補のため署名押印できない。裁判官 土肥章大)
(別紙)
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 原告片山明吉及び同植田亘一が、昭和五四年八月二七日付出勤停止処分の付着しない労働契約上の権利を有することを確認する。
2 被告は、原告中村豊に対し金四万三八一〇円、原告片山明吉に対し金二万八二七〇円及びこれらに対する昭和五五年一月一一日より右各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 第2項につき仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告らは被告会社の従業員であったものであって、全日本造船機械労働組合三菱重工支部長崎造船分会(以下「長船分会」と略称する。)の組合員であり、昭和五三年一〇月当時原告中村豊はその執行委員長・同片山明吉は副委員長・同植田亘一は書記長(組合専従者)であったものである。
なお、原告中村豊は、昭和五五年四月に被告会社を定年により退職した。
(二) 被告会社は、肩書地(略)に本社を置き、長崎・神戸・広島・横浜等全国各地に一二の事業所を有し、造船業・橋梁・航空機・機器類の製作その他これに付帯する業務を営む会社である。
2 本件政治スト
(一) 政府及び日本原子力船開発事業団は、昭和五三年一〇月二六日原子力船「むつ」を佐世保港に入港させた。
(二) 日本労働組合総評議会(以下「総評」と略称する。)は、「むつ」入港が世論に背をむけた反国民的なものであることに鑑み、労働者の権利を守る立場から、「むつ佐世保港入港阻止全国指導委員会」を設置し、その下部組織であって県下の労働組合の多数が参加している長崎県労働組合評議会(以下「県労評」と略称する。)が組織した「原子力船むつ母港化阻止長崎県共斗会議」を指導し、県労評大会で決議した「むつ」入港時の二時間の地域抗議ストライキや実力阻止斗争の実施を指導した。
(三) 長船分会は、県労評の指示にそって、「むつ」入港及びそれをめぐる政府・長崎県・佐世保市の方針決定並びに施策等に抗議する目的をもって、同年一〇月五日「むつ」入港抗議ストライキに関するスト権投票を行い、八六パーセントの高率でスト権を確立し、同月一六日一六時三〇分より三〇分間その所属組合員たる被告会社の社員を職場離脱させる抗議ストを実施した。
3 本件懲戒処分
被告会社は、昭和五四年八月二七日、原告らに対し口頭で左記の懲戒理由・就業規則の適用条項・処分内容を通告した。
記
(1) 懲戒理由
長船分会は、本件政治ストについて正当であり、陳謝等の考えは全くないことを表明した。
しかしながら、今回の如く企業にとって対処不能な事項について、かつ企業に対して何等の要求もない事項について、ストライキを実施されることは、被告会社にとって生産遂行上、職場秩序維持上看過できないものである。従って、被告会社として違法・不当な行為を強行した全員について考慮した結果、今回は違法不当なストライキを実行・指揮した者及びそれらを補佐した左記三名について懲戒処分を実施する。
(2) 就業規則の適用条項
原告中村豊 七二条(5)号(15)号
同片山明吉 右に同じ
同植田亘一 七二条(15)号
なお、就業規則七二条(5)号には「正当な理由なしに業務命令若しくは上長の指示に反抗し、又は職場の秩序をみだしたとき」と同七二条(15)号には「その他前各号に準ずる程度の特に不都合な行為があったとき」と定められている。
(3) 処分内容
二四三名もの多数の社員の職場離脱を実行させたことは生産遂行上の損失・職場秩序への悪影響などその責任は重大である。よって、
原告中村豊を出勤停止五日に、
同片山明吉を右同三日に、
同植田亘一を右同三日に、
各処する。
4 本件懲戒処分の違法無効性
(一) 本件懲戒処分は憲法二八条に保障された正当な争議権の行使に対して為したものであって、憲法二八条、労働組合法七条三号、民法九〇条に違反し無効である。
長船分会が行った本件原子力船「むつ」入港抗議ストライキは、憲法二八条に保障された正当なものである。憲法二八条は団結権及び団体行動権の保障に政治的目的を有する場合を除く旨規定していないばかりか、何等の目的制限も付していない。而して憲法二八条が認めた労働基本権は、憲法二五条が、国民一般に認めているいわゆる生存権の具体化として、特に労働者に対して「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するために認めたものであって、労働者の使用者に対する経済的立場の弱さに基因する労働条件の劣悪化を防ぐためのみでなく、労働条件及び経済的地位と密接な関係を有する社会的及び文化的等一般生活上の地位の維持及び向上をもその目的としており、右目的達成のために必要な政治活動をことさら除外するものではない。殊に経済社会及び政治が相互に密接な関連を有する現在の複雑な社会機構のもとにおいて、労働者が労働条件及び経済的地位を含む一般生活上の地位の維持及び向上を図るためには、ある程度の社会活動及び政治活動を行わざるを得ない。従って、労働組合の活動は経済的側面だけでなく、その目的達成に必要な範囲の社会活動及び政治活動も憲法二八条の保障する労働者の団体行動権に含まれるといわなければならない。
本件ストライキは、欠陥原子力船がもたらす国民の生命身体の安全に対する具体的危険の発生を防止し、且つ政府の欠陥原子力開発体制の根本的是正、議会制民主々義の破壊に対する抗議等を目的とするものであって、労働者の一般生活上の地位の維持向上を図ると共に憲法を基本とする民主的法秩序の維持発展に資するものであるからその目的において正当といわなければならない。しかも本件ストライキは、抗議にふさわしく短時間で、且つ使用者に与える損害が皆無に等しい状態でなされたものであるから、態様においても正当といわなければならない。かかる組合の正当な争議権の行使を違法視し、原告ら長船分会の三役に対して為した本件懲戒処分は、明らかに長船分会の組合活動を嫌悪し、敵視政策をとりつづけてきた被告会社の不当労働行為意思のあらわれであって、憲法二八条、労働組合法七条三号、民法九〇条に違反し無効といわなければならない。
(二) 本件懲戒処分は、以下に述べる諸事情に鑑みれば、処分権の濫用であって無効である。
(1) 長船分会は、本件ストライキについて、被告会社勤労関係者や分会員が所属する職場の関係職制が事前に予知できるように被告会社内で公然と宣伝していた。即ち長船分会は、昼休み食堂・控所等でその日の組合の行動等について宣伝活動を行っているが、昭和五三年一〇月六日には「分会は反むつ闘争で入港当日に三〇分の抗議ストを実施するために、同月一四日にスト権投票を行う」と宣伝した。また、同月一二日には「むつは同月一一日青森県大湊港を出港し、佐世保には一六日に入港する。この日県労評は、全県下で抗議ストを行う」旨のストライキの日時を明らかにした宣言を行っている。
更に、同月一三日には、「明日一四日反むつ地域スト権の投票を行う」と宣伝していた。更に分会は、ストライキ実施に当り、被告会社との間は無協約状態で、その義務はないが、労使間の常識として、ストライキ実施の事前通告を行うと共に、分会員が退場する際は、所属上長にストライキで退場する旨を通知して退場する様指導し、その通りに実施されていた。
従って、職場ではスト退場をめぐり、関係職制、同僚との間では全くトラブルがなく、ストライキは整然と実施されたのである。
(2) 本件ストライキが実施された当時被告会社長崎造船所では、一万二〇〇〇名の社員が働いていた。ストライキに参加したのは長船分会員二四三名であって、これは全体の二パーセントにしかすぎない。しかも、ストライキの時間は三〇分間であるからストライキの合計時間は一二一時間半にすぎず、一人の労働者に換算すると、一五日間休業した時間にすぎない。更にストライキは退場前三〇分、即ち三〇分の早上りストライキであったことから、作業遂行上の損失はなきに等しい状態であった。ことに当時造船産業は、深刻な不況におそわれていた時期であって、全国の中小造船の多くが企業規模の縮少や倒産に追いこまれ、大企業でも仕事が不足し、人減らしが実施されていた。長崎造船所でも作業量は減少し、その量は昭和四九年一〇月から同五〇年の三月迄のピーク時を一〇〇とした場合、同五三年四月から九月は造船五三パーセント、機械六四パーセント、同五三年一〇月から翌五四年三月迄は三三パーセント、五九パーセントと急速な落ち込みの状況にあった。
従って当時被告会社では、造船現場を中心に作業量不足による余剰人員が多数発生しており、職場では本来の造船工程の仕事を減らし、従業員を機械器具の整備や、工場内外の整理、整頓等の作業に従事させる様な方法がとられていた。
特に昭和五三年一一月からは一三六〇名を職場から引き上げ、国の補助金を受けての教育訓練を実施するに至った程であり、かかる実情の中での三〇分退場ストライキは、被告会社の立場に立ってみても、作業量不足による余剰人員発生防止に役立ったと思われる程で、生産上への影響は全く無かったといって差支えない状態だったのである。
(3) 他方、原告らの受けた本件出勤停止処分の経済的損失は月収に占める割合が三日で七分の一、五日で四分の一のカットであり長船分会員なるが故に低い賃金収入が、出勤停止処分によって、生活苦は倍加された。
被告会社における造船所の定期昇給は、年に一回実施されるが懲戒処分を受けた者は制度上五〇パーセントがカットされるので、それだけ本給が低められる。毎月の賃金、年二回の一時金、退職金は本給を基礎にして算出されるので、退職する迄その損失は続くのである。
更に、懲戒処分をうけたことを理由にして、成績考課で減点されると、進級、職群変更、役職任命等が同僚より遅らされ、更に損失は累積される。
定年退職まで一五年ある原告片山明吉の場合、本件処分のみによる実損は七〇万円ないし八〇万円を下らないと推定される。
(4) 原告らが所属し、本件処分当時、所謂労組三役に就任していた三菱長船分会は、かつて以下に述べるとおり就業時間中に政治ストライキを計画・実施したが、これに対して、何らの懲戒処分の発動もなされたことはなかった。
以下に述べる過去の政治ストライキは本件反むつストライキと対比すれば、いずれもその規模・態様において比較にならない程大きく、また、被告会社の業務遂行に与えた影響も多大であったことは明白である。
即ち、三菱長船分会は、昭和三四年九月一〇日、安保改定阻止を目的として、ストライキ権を確立し、これに基づいて以下のとおり、就業時間内又は被告会社の業務遂行に影響するストライキを実施した。
<1> 昭和三四年一二月一〇日、安保改定阻止第九次統一行動として昼休み一斉職場大会を開催し、大多数の組合員(当時、在籍組合員総数一万二七三五名)の参加を得た。
<2> 昭和三四年一二月一〇日、安保改定阻止第一〇次統一行動として、労働組合員に対し、総定時退場のストライキ指令を発した。
<3> 昭和三五年一月一四日、中央闘争委員会指令二号、安保改定阻止分会闘争指令二号を各発令して、残業拒否・定時退場のストライキを行い、一三〇〇名がこれに参加した。
<4> 昭和三五年四月二五日、安保改定阻止分会闘争指令第三号を発令し、残業拒否・定時退場のストライキを行い、六〇〇〇名の組合員がこれに参加した。
<5> 昭和三五年五月二〇日、安保改定阻止分会闘争指令第四号を発令し、残業拒否・定時退場のストライキを行い、これに七〇〇名の組合員が参加して、長崎県労働組合評議会等主催の「安保改定反対・岸内閣打倒・国会解散長崎県民抗議集会」に結集した。
<6> 昭和三五年五月二四日、安保改定阻止分会闘争指令第五号を発令して、残業拒否・定時退場のストライキを行った。
右<2>ないし<6>記載の残業拒否・総定時退場の争議行為は、当時、時間外労働を常態として、生産計画を立てて業務遂行に当っていた被告会社としては、いずれもストライキの規模・態様・参加者数が本件で問題となっている反むつストライキに比較することが出来ないほど極めて大規模であって、業務上多大の影響を受けている。
<7> 昭和三五年五月二六日、安保改定阻止分会闘争指令六号を発令して、右同日一五時三〇分より三〇分間、職場放棄のストライキを実施した。
<8> 昭和三五年六月四日、安保改定阻止分会闘争指令七号を発令して、同日一五時より一時間、職場放棄のストライキを実施した。
<9> 昭和三五年六月一五日、安保改定阻止第一八次統一行動に基づいて安保改定阻止分会闘争指令一〇号、一一号を発令し、一五時から一時間、職場放棄のストライキを実施して、県民集会に約六〇〇〇名の組合員が参加した。
<10> 昭和三五年六月一七日、安保改定阻止分会闘争指令第一二号を発令して、職場委員以上の分会役員の残業拒否・定時退場のストライキを実施した。
<11> 昭和三五年六月一八日、安保改定阻止分会闘争指令第一三号、一四号、一五号を発令し、一三時から一時間のストライキを実施した。
<12> 昭和三五年六月二二日、安保改定阻止分会闘争指令第一六号、一七号を発令し、一五時から、五〇〇〇名の組合員が職場放棄のストライキを実施して「新安保無効岸内閣総辞職、国会解散要求県民集会」に参加した。
右<7>ないし<9>、<11>及び<12>は、本件で問題とされ、懲戒処分の対象となった争議行為と、同様の形態をとっているばかりか、その規模・態様は、本件争議行為とは比較にならないほど大規模であった。
(5) 被告会社は、三菱長船分会のみならず、同会社内の他の従業員によって組織されている三菱長崎造船労組(通称第三組合)の行った過去の政治ストライキに対しても一切の懲戒処分を行っていない。
<1> 三菱長崎造船労組は、昭和五三年一〇月一六日、「反むつ闘争」の一環として、二四時間ストライキを実施している(同労組、昭和五三年一〇月一七日付機関紙NO三九一号)。
右政治ストライキに対しても、被告会社は、それが本件で問題となっている、「反むつスト」と同様に、「企業が対処不可能」な目的をもつストライキであるにも拘らず、何らの懲戒処分も行っていない。
<2> 三菱長崎造船労組は、右以外にも以下の如く政治ストライキを実施している。
(ア) 昭和四六年一一月一〇日、同月一九日「沖縄返還協定反対」を目的とした政治ストライキを実施している(同労組、昭和四六年一一月一九日付機関紙)。
(イ) 「三里塚廃港・動労連帯スト権」を確立し、これに基づいて昭和五二年三月二八日、半日政治ストライキを実施した(同労組、昭和五二年三月二九日付機関紙NO三一四号)。
(ウ) 昭和五二年一〇月三一日、「狭山闘争スト権」を発動して政治ストライキを実施した(同労組、昭和五二年一一月一日付機関紙)。
(エ) 昭和五三年二月六日午後四時から「三里塚廃港・動労ジェット闘争連帯スト」を実施した(同労組、昭和五三年二月七日付機関紙)。
(オ) 昭和五五年九月一八日、一一月四日、一二月五日、同五六年一月二三日「金大中氏らに対する極刑判決糾弾」を目的として政治ストライキを実施した(同労組、昭和五五年一一月五日付、同年一二月九日付、同五六年一月二七日付、各機関紙)。
(カ) 昭和五六年三月二日、「動労千葉ジェット闘争連帯スト」を実施した(同労組、昭和五六年三月三日付機関紙)。
右(ア)ないし(カ)のストライキは、いずれも政治ストライキであるが、被告会社は、昭和五三年一〇月一六日、同労組が実施した「反むつ闘争」二四時間ストライキをふくめてその全てについて、懲戒処分を全く行っていないのである。
このことは、前項に述べた三菱長船分会の過去における政治ストライキに対しても、何らの懲戒処分も行っていない事実と併せ考える時、被告会社が就業規則所定の懲戒条項の適用に当って、本件で問題となっている争議行為に対して懲戒処分をもって臨んだことが明らかに均衡を失しており、合理性も妥当性をも欠くことが益々明白となると言う他はなく、懲戒権の濫用であることもまた明確である。
(6) 被告会社が原告中村豊に対してなした出勤停止五日、その余の原告両名に対してなした各出勤停止三日の懲戒処分は、被告会社が過去において行った出勤停止の懲戒処分事例に比較して、明らかに不当に過重な処分と言う他はなく、懲戒権の濫用であって無効である。
被告会社がかつて行った、出勤停止五日の懲戒処分事例は、別紙(略)一覧表<1>ないし<9>記載のとおりであり、また出勤停止三日の懲戒処分事例は、別紙一覧表<10>ないし<20>及び<23>記載のとおりである。被告会社が本件三名の原告らに対してなした各出勤停止処分は、右同種処分事例に比較してもあまりにも過重な処分と言う他はないが、更に別紙一覧表<21>、<22>及び<24>ないし<27>記載の過去の出勤停止二日以下の処分事例と比較しても、均衡を失し、客観的妥当性を欠いていることは明白と言わなければならない。
5 原告らの未払賃金請求
原告中村豊、同片山明吉は本件懲戒処分に基づき昭和五四年八月二八日以降五日間又は三日間の出勤停止を命ぜられ、同年九月分賃金よりそれぞれ右出勤停止期間相当の賃金をカットされた。その額は原告中村豊は金四万三八一〇円、原告片山明吉は金二万八二七〇円である。
前述の如く、本件懲戒処分は無効であるから、被告は右原告らに対しカット分賃金を支払わなければならない。
6 よって、原告片山明吉及び同植田亘一は、昭和五四年八月二七日付出勤停止処分の付着しない労働契約上の権利を有することの確認を求め、更に、被告に対し、原告中村豊は金四万三八一〇円、同片山明吉は金二万八二七〇円及びこれらに対する賃金支払日の後である昭和五五年一月一一日から右各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実中、昭和五三年一〇月一六日原子力船「むつ」が佐世保港に入港したこと、長船分会がむつ入港及びそれをめぐる政府・長崎県・佐世保市の方針決定並びに施策等に抗議する目的をもって同日午後四時三〇分からストライキの名の下にその所属組合員たる被告会社の社員を職場離脱させたことは認めるが、右職場離脱時間は争う。
被告会社長崎造船所の所定終業時刻は、部門により、午後五時、午後五時一〇分、あるいは午後五時三〇分と定められているから、右職場離脱時間は、三〇分間、四〇分間あるいは六〇分間であった。
その余の事実は不知。
3 同3の事実中、被告会社が、原告ら主張の日に、その主張のような懲戒処分を行ったことは認め、その余は争う。
なお、被告会社が、原告らを懲戒処分に付した事由及び経過は、後記三のとおりである。
4 同4は争う。
5 被告会社が、原告中村を昭和五四年八月二八日以降五日間、原告片山を同三日間の出勤停止処分に付したこと、右原告らについて、出勤停止期間中の賃金を控除したことは認めるが、本件懲戒処分は有効であるから、被告会社において、右控除した賃金を支払う義務はない。
しかして、右控除額は、原告中村が金四万九八〇九円、同片山が金二万八二六九円であった。
6 同6は争う。
三 被告の主張
1 原告らが所属する長船分会は闘争委員長中村豊名義をもって所属組合員に対して「反むつ闘争分闘指令第一号」と称し、
(一) 組合員は一〇月一六日一六時三〇分以降所定退場まで一切の作業を拒否せよ。
(二) 現在出張者、病院勤務者は本指令より除外する。
(三) その他本指令より除外の権限を地区闘争委員長に分譲する。
(四) 組合員は退場に当っては所属地区闘争委員長の指示に従い行動せよ。
との指令を発令した旨昭和五三年一〇月一六日一六時二〇分突然電話にて長崎造船所に通告してきた。
右電話連絡を受けた長崎造船所においては直ちに長崎分会に対する窓口を担当している勤労部管理課員松山靖彦をして長船分会に対し、電話で通告されたストライキは政治目的のものであり違法不当であるので中止されたい旨申し入れさせたのであるが、長船分会はこの申し入れを無視し、同日午後四時三〇分から長船分会所属組合員の社員のうち二三三名については午後五時までの三〇分間、また、八名については午後五時一〇分までの四〇分間、更に二名については午後五時三〇分までの六〇分間それぞれ職場離脱せしめたものである。
しかして原告中村は闘争委員長として右職場離脱を企画・実行・指揮しかつ自らも実行したもの、原告片山は副闘争委員長として原告中村の右行為を補佐しかつ自らも実行したもの、原告植田は組合専従者であるところ副闘争委員長として原告中村の右行為を補佐したものであり、要するに原告ら三名は正当な理由なくして長船分会員二四一名の者をして前記時間帯にわたり職場離脱せしめ就業させず、もって職場秩序をみださせ、あわせて原告中村・同片山は自らも職場離脱し職場秩序をみだし、かつ被告に著しい損害を与えたものである。
原告中村、同片山の前記行為は長崎造船所の就業規則七二条一項五号「正当な理由なしに業務命令若しくは上長の指示に反抗し、又は職場の秩序をみだしたとき」及び同第一五号「その他前各号に準ずる程度の特に不都合な行為があったとき」に、また原告植田の前記行為は同第一五号に各該当するものである。
長崎造船所においては所定の懲戒委員会を昭和五四年一月一九日及び同月三〇日の二回にわたり開催し十分審議をつくした上、審議の結果を所長に答申し所長において原告ら三名に対し出勤停止処分とすることを決定し、組合専従中である原告植田を除く原告中村、同片山に対し、原告の請求原因第5項記載のとおりの期間出勤停止を命じ賃金規則二四条の規定に基づく賃金控除を実施したものである。
2 被告会社は、昭和三十四、五年ころ行われていた全日本造船労働組合三菱造船支部及び同支部傘下の長船分会による「安保改定阻止」のストライキに対しては、右各組合に対して、今後このようなことが再び繰り返されることのないように厳重に抗議し、あるいは自省を求めるとともに、右ストライキによる損害の賠償を請求する外、一切の権利を留保する旨通告しており、「安保条約改定阻止」のストライキ等、過去のストライキに対して黙過していたわけではない。
また、過去に被告会社に対してなされた諸々のストライキは、「政治的」目的があったものについても、これらについては「経済要求」と抱き合わせて行われたものであって、その目的、要求に主従の区別をつけることができず、かつ、ストライキとしては一個の争議行為であったから、争議行為全体としては、正当なものとして対処せざるを得なかったものである。
なお、原告らが主張する懲戒事例は、いずれも個々人の刑罰抵触行為等であるのに比べ、本件は、原告らが二四一名にものぼる多数の者を一斉に職場離脱せしめたものであって、情状において全く異質なものであるから、両者を量刑において比較対照すべきであるとして同一次元で論ずることはできない。
四 被告の主張に対する認否及び反論
1 被告の主張に対する認容
(一) 被告の主張1の事実中、長船分会が「反むつ闘争分闘指令第一号」を発した旨被告会社に通告したこと、右分会組合員らが被告会社主張の人員、時間にわたりストライキを実施したこと、被告会社の懲戒委員会が二回開かれたこと及び原告らに被告会社主張の処分がなされたことは認め、その余は争う。
(二) 同2は争う。
2 政治ストの正当性
(一) 正当性否定論について
政治ストに対しては、経営者団体及び一部の学者などによる正当性否定論が早くから打ち出されている。その理由とするところは、憲法二八条における団体行動権としての争議権は、団体交渉権の裏付けとしての意味において保障されるものであるから、使用者に対して何らの要求をも提示しない政治ストは憲法二八条の争議権の行使ではない、といういわゆる側杖論である。
労働者の生活条件は本来的には労働契約の場を通して、その向上が図られるべきものではあるが、その労働契約を規律するのは団体交渉=労働協約だけではない。憲法二七条は、勤労条件に関する基準を法律で定めるべきことを規定している。この種の立法が労働契約の内容を規律する規範である点においては労働協約と変りはない。従って、労働者の生存確保のため、団結活動が団体交渉=協約の形成に向うことを是認しながら、少なくとも労働条件立法の形成に向うのを否定する理由はない。この点だけをみても、憲法二八条が使用者との団体交渉を通しての生存権確保だけを目的とし、団体行動権は団体交渉の裏づけとしてだけ認められているとする見解は恣意的独断にすぎないことが明らかである。このような見解が労働法学界の多数説である。
(二) 政治ストと憲法二八条について
ストライキが歴史的に持たざるをえない目的と労働基本権の性格との関連ないし団体行動権の歴史的意味という点から考えるならば、どうしても憲法二八条の保障する団体行動権は政治ストを除外するものではないとの結論に到達せざるをえない。元来ストライキは、個々人では無力な労働者が団結してその共通の要求を実現しようとしてとる行動の、伝統的形態である。従って、その目的は労働者がいかなる要求を持たざるをえないかということ、資本主義の発展の程度、労働者の置かれた状況、そのなかで形づくられる労働者の意識や団結の力量などの諸条件により、自ずから歴史的に定まってくる。労働者のストライキは、当初は資本に対抗して賃金その他の労働条件や団結承認、組合保障などを要求して始められたが、(現在でも引きつづき、この種のストが主流であるが)時代が進むにつれ、必然的に国家の経済政策や社会政策一般もその要求の対象となってくる。さらに戦争を強行するために自由や民主主義が侵害されるようになってくると、労働組合が平和と民主主義を要求してストを行うに至ることも歴史的現実であった。ところでこうした政治的要求は、個々的な労使の取引ではなく、全国的規模の政治課題として追求されなければならない問題である。このように労働者の生存的要求の実現のために発生したストライキは、必然的に平和と民主主義の問題を含む政治的目的に及ぼざるをえないのである。このことは理論的に確認されるだけではなく、歴史的に証明されたところである。日本国憲法が政治ストを含む団体行動の権利を保障したものだということは、その規定の形式、これを支えた制定当時の支配的規範意識ないし価値体系により明らかである。
日本国憲法は、「政治ストの禁止」はもちろん「労働条件、経済的条件の維持、改善のためのストライキに限る」というようなその制定当時提出された修正意見を排し、「勤労者の団体行動をする権利」を保障している。憲法草案審議の議会において、政府は、団体行動権が勤労者の要求実現のためのものであり、社会の動きの中に歴史を背景とした実体を保障したものであること、労働組合が政治にかんする目的をも持ちうることを認めている。
(三) 政治ストに関する判例の動向
(1) 政治ストの正当性につき、最高裁はこれまでほぼ一貫して否定的な態度をとっているといえる。ただし、これらの判例はすべて国公法上の争議行為禁止規定との関連において政治ストが論ぜられている点を十分注意しておく必要がある。
(2) 七十七銀行事件判決(仙台地判昭四五・五・二九 労民集二一巻三号六八九頁)。
本判決は、憲法二八条の趣旨を広く労働者の生存権保障を具体化するものと解し、争議行為の目的は団体交渉で解決可能な事項に限られるという見解を明確に退けて、政治ストも一定の範囲で争議権の正当な行使たりうることを承認した。判決は、
「労働者の人たるに値する生活の確保は、単に労働条件の維持改善のみでなく、労働者の社会的一般的地位の向上にまたねばならないので、労働条件以外の一般的経済的条件、たとえば労働法上もしくは社会政策上の現在または将来の労働者の利益の擁護等およそ労働者の社会的な生活上の地位を向上せしめるために必要な行為は、たとえそれが政治的領域に属するものであっても、すべて団結ないし団体行動の目的となりうるものと解さなければならない。」「そして政暴法は、……その運用いかんによっては、労働者の正当な団結ないし団体行動が不当に制限される虞れがないとはいえない」「したがって、政暴法反対闘争は、その目的において違法ということはできない」と述べている。これはいわゆる経済的・政治的ストについて、その合法性を認めたもので、いわゆる純粋政治ストに関するものではないが、政治ストにかかわる数少ない私企業の労使関係における民事判例として注目される。
(3) 国労大阪日韓闘争事件判決(大阪地裁昭四七・四・一一)。
この判決は、国労がなぜ日韓条約に反対してストライキを行ったか、その闘争がどのような状況のもとで何を守るものであったかについての事実認定のうえに立ち、その正当性を肯定した。判決は、
「このように戦争の影響を直接に受ける職場の労働組合が、本来一つであるべき朝鮮に二つの政府が存在し、互いに激しく対立している中で、その一方を唯一の合法政府として基本的関係を結ぶのは、近隣諸国間の緊張を激化させ、日本国憲法に明規されている平和主義の原則にそむくとしてこれに反対するのは十分理解できるし、また労働者の労働条件及び経済的地位を維持し、向上させることを主たる目的とする労働組合が、日韓条約によってわが国の資本が韓国に進出し、低い賃金水準のもとにある同国の労働者を雇傭することによってわが国労働者の賃金水準を引き下げるおそれがあるとしてこれに反対するのは、正当な組合活動の範囲内」だとし、また衆議院特別委員会での抜き打ち的質疑打切り、本会議におけるいわゆる強行採決にふれて、「右条約の承認に多数の者の賛成が得られることがほとんど明白であったとしても、なおかつ少数意見を十分述べさせることにより、よりよい結論を導き出すよすがとなすとともに、審議の経過を通じて重要な政治問題につき国民が判断する資料を提供して、国民の、国民による、国民のための政治を実現するという民主主義の基本原則にもとる誠に遺憾な事態であるともいえるのであって、これに対し国労が国民の一員ないし一団体として抗議するのは肯認し得るところであり、したがって、被告人らのなした本件争議行為の目的は正当なものであったと評価することができる」とする。
このように判決は、国鉄労働者への戦争の影響、資本の対外進出による賃金問題、強行採決にたいする抗議、などの諸点を、具体的事案に即して、その正当性判断を支える基礎として指摘している。しかし判決が本件争議行為の目的を正当としたのは、当該事案に特殊な事情が例外的に政治ストを正当化するからではなくて、それが政治ストの一般的正当性を具体化し、より強化するものだからであり、むしろその根底は、平和と民主主義の問題が同時に労働者の生存の問題であり、憲法二八条の団体行動権に含まれるとの理解にもとづいているのである。
この判決は、威力業務妨害罪で起訴された事件に対する刑事判決であるが、いわゆる純粋政治ストについて正当性を認めた数少ない判決の一つである。
(四) 政治ストに関する学説の動向
政治ストを労働組合等の争議行為という観点から、憲法二八条との関係でその正当性を論ずる立場では、積極、消極の両説がそれぞれ多数にのぼっている。
これを憲法二八条の保障する団体行動権にふくまれるとする積極説(野村教授、後藤清教授、蓼沼謙一教授)は、既述のような労働組合と政治活動の断ち難い関連性のほか、総資本と国家権力との一体性、労働組合の圧力団体性(議会制民主主義と矛盾しないこと)などを挙げて、かかる政治ストも憲法が予想する労働組合の団体行動であり、使用者はこれによる損害を受忍すべきである、短時間のストによる損害は賃金カットで埋めあわせることができるはずだと説くが(野村・前掲書参照)、消極説は、労使対抗性を欠く政治ストまでを労働法上の争議行為と認めることはできないとして、労働法上の正当性を否認する(石井・「労働法総論」参照)。ただし、消極説は、内容が多岐にわかれており、たんに労働法上の特別の救済を受けえないに止まり民事法上違法となるわけでないとするもの(横井・三宅ほか)から、民事法上はもとより刑事法上も適法たりえないとするもの(吾妻)までが存在する。が、ここで注意すべきことは、政治ストを憲法二八条の団体行動としてとらえることを拒む説のうち相当多数が、つぎに述べるような憲法二一条の次元等からこれを合法としていることである。
これに対して、政治ストを労働組合ないし労働者集団の政治的表現行動ととらえ、争議行為の正当性としてでなく、憲法上の自由権(表現の自由)の行使としてその合法性を論ずる立場が存し、ここでは民事法上、刑事法上の適法性がその角度からとり上げられている。
この説は、労働組合と政治活動との密接不可分性を承認する点で、前記積極説と同じ見解に立ちながら、政治活動の一態様として労働者がいわゆる集団的職場放棄を実施した場合、これを憲法二八条の保障する争議権の行使とみるには、困難があり、むしろ率直に市民としての立場での表現の自由の行使として、その法的性格を論ずべきだとする(沼田・前掲論文参照、渡辺教授、横井教授、籾井教授ほか)。この場合、集団的職場放棄は憲法上の表現の自由権の行使と規定されるから、とくに濫用にわたる場合をのぞいて、刑事法上の違法性(反社会性)は問題外としても、使用者への加害という点で民事法上の責任の問題が残る。が、この点では、「労働者の要求や意思を強力に表明し、これを世論に訴える目的で、短時間のストライキを行う如き場合は、特に使用者に対する加害の意思がなく、またその手段が不当でなく且つ実際上被害も大でないならば、これによって債務不履行ないし不法行為としての責任はない。」(清水兼男「争議行為の適法性について」末川還暦記念論文集一八六頁参照)とする見解や、スト中の賃金をカットすることで使用者の通常の損害は償われると考えてよいし、また組合の指令に基づいてかかるストライキに参加した労働者を解雇その他不利益取扱いをすることは、不当労働行為か、少なくとも権利濫用になるとする。
3 政治ストと懲戒処分
(一) 争議行為は、それが正当なものである限り、団体的にも個別的にも憲法の保障する争議権(二八条)の行使として、当然、法律上の責任―刑事責任(労組法一条二項)及び民事責任(労組法八条)―が免責されているのみならず、その他一切の責任から解放されている。
他方、正当ならざる争議行為は、争議権行使の保障限界に関する労働法上の評価規範に違反するという意味において、争議権の保障の外に置かれることとなるが、他の違法評価規範により違法ないし有責と評価されるかどうかは、各違法ないし責任類型規範について、それぞれその該当性の有無が検討されなければならない。
(二) 違法な争議行為の類型は、(イ)刑事上の違法―刑事責任、(ロ)民事上の違法(債務不履行、不法行為)―民事責任、(ハ)経営規範上の違法(職場規律違反、非行)―懲戒責任に大別されるが、(イ)(ロ)は国民として課せられる一般的責任であるのに対し、(ハ)は従業員たる地位に基づいて、企業内の経営規範により課せられる特殊責任である。
(三) いうまでもなく争議行為は、単なる個人的行為の集積ではなく、団体(団結)意思にもとづく、団体構成員の組織的行為、すなわち団体的行為であることにその本質を有する。かかる争議行為の団体的性格に着目すれば、仮に問題の争議行為が経営規範上違法とされるときでも、個々の組合員に対して個人的責任を追及しうるかどうかは大いに問題がある。争議行為は労働者の団結=労働組合の団体的、組織的行為であり、外形的に労働契約上の義務違反行為として現われる組合員の行為も、その実質はあくまで団体意思にもとづく団体の組織的統一行為の一環をなすものとしてとらえなければならない。
一方、懲戒処分は一定の法の規制のもとで(一般的には労基法八九条以下)使用者に認められた特殊な制裁措置であるが、これは個別的労働契約にもとづく労働者の労務提供義務に対応する使用者の労務指揮権及び企業内秩序規律権行使の一形態である。つまりそれは個別的労働者の労務提供義務を前提とするものであるから、争議行為のごとき団体的な労務指揮権そのものからの離脱を本質とする行為に対しては適用の余地がないといわなければならない。もとより争議中の行為といえども、団体的統制をはなれた暴力行為その他の随伴的、偶発的個別行為は団体の行為とみることはできないから、こうした行為が懲戒処分の対象とされうることは当然であるが、ストライキ、その他通常の争議行為そのものは、本質的に懲戒の対象とはなりえない(有斐閣「労働法大系」)。
4 就業規則の解釈適用の誤り
(一) 本件懲戒処分は、原告中村豊、同片山明吉について、就業規則七二条(5)号「正当な理由なしに業務命令若しくは上長の指示に反抗し、又は職場の秩序をみだしたとき」及び同条(15)号「その他前各号に準ずる程度の特に不都合な行為があったとき」に該るとし、また、原告植田亘一について同条(15)号のみを適用した。
然しながら、原告らの行為は、以下に述べるように右就業規則に該当しない。
(二) 本来、就業規則は業務の正常運営下における個別的労働関係の規制をその目的ないし範囲としているのであって、集団的労働関係はその規制の対象からのぞかれている。従って、就業規則中に従業員に対する使用者の労務指揮権の中断した争議時における規律違反について別段の定めもない場合には、争議時に関してその適用が許されないことは明らかである(労働法大系3「争議行為と懲戒」浪江源治一七四頁以下、季刊労働法三二号「違法争議行為と懲戒」川口実一二頁以下・「労働団体法」・外尾健一「現代法学全集」五二五頁)。
判例も「懲戒は個別的労働関係において遵守が期待される就業規則ないし服務規則違反について個別労働関係の主体たる地位においてその責任を問うものであるから、集団的労働関係にある労働組合の活動に参加した組合員の行為は、……労働組合の行為として不可欠のものと認められるかぎり、これを組合員個人の行為として懲戒責任を問い得ないのである。……とりわけ、争議行為は、集団的性質が最も強く、しかも使用者の労務指揮から組合員の離脱において始めて成立するものであるから、服務規律によって企業秩序の確立する基礎自体が失なわれているのであって、たとえそれが前述の意味で団体的に違法であるとしても、服務規則違反を理由とする懲戒権の行使は許されないのである。」(七十七銀行事件・仙台地判昭四五・五・二九・労民集二一巻三号六八九頁)と判示し、右の法理を明らかにしている。
これを本件についてみると、本件反「むつ」闘争当時、被告長崎造船所に適用されていた就業規則は、争議時における規律違反について別段の定めもなく、その適用ないし準用を許す状態になかったから、右就業規則の懲戒条項を本件反「むつ」ストに適用することは許されないと言わなければならない。よって、本件懲戒処分は就業規則適用の基本原則を誤まり、恣意的解釈に基づいてなした違法無効なものである。
(三) 仮に反「むつ」ストが被告主張の如く違法評価を受けるとしても、そのストライキに参加した原告らが就業規則上の懲戒の対象となるものではない。
争議行為はそれが団体的に違法な場合であっても、それを組成する組合員の行為が団体行動の圏内にあるものと認められる限り、懲戒の対象とされるものではない。違法な争議行為として免責から排除されるのは、主体的には労働者団体自身であり、客体的には団体的争議行為自体であって、組合員はその団体圏内において、団体を通じてその不利益をうけるに過ぎない。組合員の争議組成行為は、団体的には使用者と対抗関係にたつ労働団体の、経営規範(懲戒責任)の外に置かれている争議圏内での、個別的には労働契約上の就労義務から解放された行為であって、団体の争議行為が正当ならざるものとして免責からのぞかれたといっても、その団体行動性や争議行為性までもが否定されるものでないかぎり、組合員の争議組成行為について懲戒の対象とされることはないのである(前掲浪江一八二頁、同外尾五二五頁)。
前述の七十七銀行事件判決も「たとえ団体として違法な(争議)行為であっても、労働組合の行為として不可欠のものと認められる限り、これを組合員個人の行為として責任を問い得ないものである」と判示し、右の法理を支持している。
本件における原告らの行為は、反むつストにおいて、通常の団体的規律に従って行動しただけであって、何等団体的行動のわくを越えたものではない。従って、原告らには何等懲戒の対象となる行為は存しない。
原告らも違法と評価される争議行為に参加したものが、如何なる場合においても懲戒責任をまぬがれるとは考えていない。組合員が当該団体の意思をはなれて(団体の決議や指令に反して)その団体が規定した団体行動としての争議行為の枠を著しく逸脱し、しかもそれが違法となる場合には、懲戒責任を問われてもやむをえないと考えている。それは、当該組合員の行為が客観的には、主体上も客体上も、争議当事者としての争議団体圏(集団的労働関係)を離脱した組合員個人の行為と考えられるからである。このようにみてくる時、被告が原告らに対し就業規則の懲戒条項を適用したのは、懲戒の法理を誤り、且つ、懲戒条項の解釈適用を誤ったものであるから違法無効である。
(四) また、本件処分は、被告会社において、原子力船「むつ」佐世保入港抗議ストが「企業にとって対処不能な事項について、且つ企業に対して何等の要求もない事項について」なされたから違法であるとしてなされたものである。しかしながら、「むつ」問題が「企業にとって対処不能な事項」であったとはいえない。すなわち、原子力船「むつ」の建造計画・その設計・建造は造船業界等の大企業の積極的関与乃至推進のもとに政府と一体となって行われ、それが不可欠であったことは否定出来ない事実である。しかも、被告会社は原子力船「むつ」の建造過程における原子炉製作に関与し、佐世保港入港後の修理作業においても直接関与して莫大な利潤を得ているのであるから、まさに「むつ」の佐世保港入港問題自体、被告会社と無関係な事項とはいえず、むしろ被告会社が「企業として積極的に介入して対処することが可能」な事項であるといわなければならない。特に被告会社が造船業界で占める重大な地位や、従来からの深い関与の実情からみると、企業側の態度如何によっては、政府に働きかけて欠陥原子力船「むつ」の処理問題、就中佐世保港入港修理問題を中止させることは全く不可能ではなかったということができるのである。
5 不当労働行為
(一) 本件懲戒処分は労働組合法七条一号三号に該る不当労働行為であって、民法九〇条により違法無効である。
前述のように被告会社長崎造船所においては、安保改定阻止闘争をはじめ多数の政治ストが行われたが、未だかつて政治ストを理由に懲戒処分が行われたことはなかった。それは労働組合がストライキ実施にあたりスト権投票を行って組合員らの意思を確認するが、政治ストの場合、圧倒的多数をもってそれを支持し、ストライキに突入しているという事実を目の当りにし、政治ストが労働者の規範意識に支えられ、その正当性を否定することが労使関係の公序を乱すこととなること、又、労働法学界や世論の圧倒的多数が政治ストの正当性を支持していることなど客観的な政治情勢、社会的状況が政治ストの規範性を肯定していることに鑑み、被告会社が労使間の公序として政治ストを理由とする懲戒処分を行わないという黙示の労使慣行の形成を承認したからである。
ところが、被告会社は、長船分会が短時間の反「むつ」ストを行ったことを理由に、前記労使慣行を破り、一方的に組合幹部三名の懲戒処分を強行した。これは、長船分会が被告会社により分裂させられた昭和四〇年一二月以後、一層積極的に労働者の権利擁護のため組合活動を活発化し、第二組合へ大きな影響を及ぼしていることから、被告会社が極度に嫌悪するに至り、あらゆる機会に様々な不当労働行為的手段を弄して長船分会の組織壊滅のため狂弄して来たことと深く関連しており、まさに不当労働行為の一環としてなした処分である。従って、本件処分は労働組合法七条一号三号の不当労働行為に該り、民法九〇条により公序良俗違反として無効であると言わなければならない。
(二) 幹部責任に基づく本件処分は団結破壊を意図した不当労働行為であり、公序良俗に反し、違法無効である。
被告会社は、原告ら三名に対して懲戒処分を行う理由として、「違法不当なストライキを実行・指揮した者及びそれらを補佐した上記三名について懲戒処分を実施したい」旨あきらかにした。結局原告らに対する処分理由とその量定の根拠は、組合役職者としての地位それ自体にあることは明らかである。
しかし、このような幹部責任論は以下述べる事情から否定されなければならない。
(1) 「違法」争議行為に対する法的責任追求の一つとして、使用者は、組合幹部への懲戒責任追及を当然のこととして行ってきた。しかし、このような幹部責任の法的根拠は必ずしも明確ではなく、労働法上の幹部責任論争は、争議行為が、全体的又は部分的に「違法」と評価される場合に、なにゆえ組合幹部なるが故に、対使用者との関係で、当該「違法」争議行為について他の一般組合員にはない法律上の特別の責任を負わなければならないのかという点にあった。
ここでは、組合役職という形式的な点が責任追及の根拠になるのではなく、組合役職たる地位において懲戒に値する程、しかく非難の大きい行為をしたのか否かという実質的判断が問題とされざるを得ない。
(2) ところで、組合の役員は、役員なるが故に争議行為に際して普通の組合員と異なる特別の個人的責任を負うべきかを検討するに際しては、組合員の総意に基づいて争議行為が決定された場合、役員が組合運営上の責任者として、その争議行為を成功に導く責任を組合に対し負っていることと、組合幹部の個人責任を混同してはならない。
そうした役員は、組合員の多数の意思によって選出され、組合員の自主的総意を基礎として、しかも組合規約に基づいて職務上の行為を遂行しているものにすぎない。役員は、組合の団体行動としての争議行為が成り立ち遂行されるために不可欠な一地位において、それに必要な行動をするにすぎない。それにもかかわらず、その役員に特別な個人的責任を課するということは組合の自主的意思を侵害し、統一行動を破壊することになる。
ことにストライキという場合には、それが法によって禁止されている場合であっても、あるいは判例等で違法と評価されている場合であっても、一般組合員の意思結集がなされなければ出来ないのであって、組合員の意思は常態として、一票投票や組合大会の決議という形で示されるのである。
そして、スト決議にあたって、組合幹部・役員の一票も、組合員大衆の一票も全く同価値であり、とくに幹部の一票が重いとはいえない。同価値の一票によって、たとえ違法であろうとも、スト決議がなされた場合には、その決議を執行することがそもそも職務行為である。
本件反「むつ」ストは、県労評の大会において、県労評の指導のもとに闘うことが決められ、それに基づき傘下の労働組合がスト権投票を行って実施したものである。原告らの所属する長船分会も、県労評の方針を支持し、組合規約に則りスト権投票を行った結果、本件争議行為を実施したに過ぎない。従って、そこには原告らが特別な個人的責任を負う事情はない。
(3) ところで組合幹部責任を肯定する根拠には、違法争議行為であるから、組合役員としてそれに拘束されることなくむしろ組合役員は率先して「違法」行為を中止するよう努めるべきで、それを懈怠したから相応の懲戒処分を受けることになるという考えもあるが、被告会社はそのように考えているのであろうか。
しかしながら、組合役員はひとえに組合員大衆の意思と信頼によってのみその役職・地位に留まることが認められるのである。従って、組合役員に組合決議と異なる行動を採るように懲戒処分等の制裁でもって強制するなどは、団結破壊の最たるものである。
この点について、「スト禁止法規は、それほどまでに、……支配的な規範意識に支えられた団結意思に違反することができる程に……強く、反組合的でありうるような組合員や組合幹部であることを期待しているのであろうか。……団結の一つの機能である争議を禁ずる法規によって団結の本質に根をおろした法原則……民主的に形成された団結意思への原則……をも抑圧しているものと解すべきではあるまい」(沼田稲次郎「違法なる争議行為に対する組合幹部の責任について」労働法律旬報二四七号六頁)との指摘は全く正当である。まして、法律上禁止されていない反「むつ」ストにおいては尚更である。かかる点からみて、本件組合三役に対する処分は、本来組合幹部として責任を問い得ない事項について組合幹部として懲戒責任を問うたのであるから、明らかに組合の団結破壊を意図した不当労働行為であり、公序良俗に反し、違法無効といわなければならない。